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「私家随想録」とタイトルを付けさせて頂いたpageですが、こちらでは店主の着物や染織に関する視線を何となく文章としたものです。
そもそも、弊店HPを開設した1999年8月にはBlogと言う存在もなく、HPの中で「店主の着物に付いてのお話」を掲載したのが、このpageを始めるきっかけででした。
恐らく、着物/染織に関するお話について客観的な情報は極めて少ないかと思いますので、知識としてご参考になるものではないかとも思います。
なお、掲載記事と掲載画像とは基本的に関係がありません。掲載画像はあくまでもイメージとして捉えて下さいます様、お願い致します。
手描き京友禅

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きものと染織のお話
着物の悦び
名古屋 呉服屋
Back.No_-32.
着物の悦び
本場久留米絣(手紡綿糸)
西陣織すくい織八寸名古屋帯

「着物」に対する価値観は様々あるかと思います。
「着物」を「着るor装う」事を前提を楽しんで居られる場合もあるかと思いますし、また、「染織」に魅力を感じて居られる方もおられると思います。
また、「着物」が「道具」として捉えられる事も少なくはないし、「着物を買う」と言う衝動に魅力を感じられている場合もあるかと思います。
「着物」に対する想いは様々で、それは「求められる方」の想いに任せられる事は言うまでもない事かと思います。
ただ、最近、「ひと」の創った「染織」に魅力を感じて居られる方が、なんとなく増えてきたような気がするのです。

手織の紬には、当然「ひと」が関わっている訳です。
一反の反物を「創るひと」には、様々な「ひと」の手を経ます。これが工藝作品となると「ひとりの手(染織作家なんて称されることもあります)」に依る事になりますが。。。
染織を創ることを生業としている「ひと」の時間と労力の結晶が「織物」と言う型になる訳ですね。ここには、経験値と創意工夫が込められていると思います。

そして、それは、いつもどこか「あいまい」さを保っているように私は感じられます。「あいまい」さとは「いい加減」さではありません。
ひとの手が掛かれれば、掛かるほど、精緻な織の構造が一反の中に交差しています。
機械やデータに依る妥協のない数値に管理された「完璧」さではないと言う事なのです。

染織の色彩は、常に変わります。
天候が、いつも同じに見えて、いつもどこか違うこととよく似ている。
「染織もよく似たものだよ」と教えてくれた方がいました。同じ、小紋を染めても、同じ久米島紬でも、どこか色彩が違うけど、いつも「個性という輝き」は失われていないのです。

「ひとの手」が経ると言う事は、その時の「ひとの気持ち」や「ひとの心理」みたいなモノが作用しているのですね。アコースティクな時間の中で育まれ、創られた染織だからこそ、クールに管理された環境の中では、やけに「暖かみのあるモノ」として伝わってくるのかも知れませんね。

着物を求められる。染織に焦がれる。そんな方々が、なんとなく増えて来られたような気がします。

着物の悦び
本場結城紬100細工地機織
綾乃手紬八寸名古屋帯:秋山真和

それは、管理され、均一性が保証された「完全」に何かに疲れを感じているのかも知れません。工業製品には、そうした品質の完全が迫られます。「完全」の中には、品質に対する安心感があると思います。
また、「完全」なる工業製品には、時流や話題性もあり、時として「Heat」する事もあります。
しかし、一方では、工業製品として造られた「完全性」には、長く触っていると「単調」さが伝わって来たり、どこか「冷たさ」が感じられたりすることもあります。
また、時流から外れた際には「物」として価値が捨てられたかの様に「低下」する事もあります。
それは機械製造・管理された製品の宿命なのかも知れません。
そんな「機械管理」に疲れて、無意識にうんざりしているのかも知れません。
そして、訳もなく「ひと」の創る「染織」に惹かれていくのかも知れません。


ある機屋さんに赴いた時、ご主人と話していると「こうした方が良い」とか「この方が無理なく出来る」と言う表現をされる事に気が付きました。
それは、そのご主人の口調なのかなぁと思っていたのですが、よくよく思い返してみると、そのご主人だけではなくて、染め屋さんのご主人も同じ様な表現をされていたような気がするのです。
要するに「何々をした方が良い」と言う英語で表現するのなら「Better」と言う発想ですね。
「何々をしてはいけない」とか「何々をしなくてはいけない」と言う「禁止(habit)」「強制」の発想ではないような気がします。
もちろん、それは私が勝手に思っている事ですし、機屋さんや染め屋さんの中で「これこれしないとダメ!」と叫んでいるご主人も居られるかと思いますが。。

ココで申し上げたいのは、「ひと」の手の掛かった染織は、マニュアルやテキストに依っていない、経験と工夫に依っているのだと申し上げたいのです。
経験や工夫の積み重ねである故に「こうした方が良い」と言った「より」「Better」な言葉が口から漏れてくるのかも知れませんね。
手織・手染めと言った「ひと」の手が掛かった染織には「より」良い経験と工夫が込められていると思っています。

2005/03/** update
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着物の悦び
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