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「私家随想録」とタイトルを付けさせて頂いたpageですが、こちらでは店主の着物や染織に関する視線を何となく文章としたものです。
そもそも、弊店HPを開設した1999年8月にはBlogと言う存在もなく、HPの中で「店主の着物に付いてのお話」を掲載したのが、このpageを始めるきっかけででした。
恐らく、着物/染織に関するお話について客観的な情報は極めて少ないかと思いますので、知識としてご参考になるものではないかとも思います。
なお、掲載記事と掲載画像とは基本的に関係がありません。掲載画像はあくまでもイメージとして捉えて下さいます様、お願い致します。
手描き京友禅

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きものと染織のお話
着物の悦び
名古屋 呉服屋
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着物の悦び
喜多川俵二 紋紗喜多川俵二 紋紗喜多川俵二 紋紗喜多川俵二 紋紗喜多川俵二 紋紗喜多川俵二 紋紗喜多川俵二 紋紗喜多川俵二 紋紗喜多川俵二 紋紗喜多川俵二 紋紗喜多川俵二 紋紗喜多川俵二 紋紗
喜多川俵二:紋紗名古屋帯 撫子丸文

先日、東京国立博物館にて展示された奈良薬師寺の日光菩薩/月光菩薩を見て参りました。
光背を外され、ライトに照らされたその姿は、「仏」と言う印象は私には感じられなく、完璧なまでの仏教彫刻としての美しさを想わせました。また、伝統的とか、古(いにしえ)の美意識なるものは一切感じられないのです。
かといって現代的と言う訳ではない。両菩薩が保つ、あの穏やかな「表情」、美しい立ち姿、完全なるプロポーション。指先に至るまで、そう、隅々に至る、何もかも...、それは時間とか歴史を感じさせない絶対的な「美しさ」なのかもしれません。

想えば、「伝統的」「歴史」などの類の言葉は「教科書」的なニュアンスに止まるものでしかないのかもしれません。
要するに「過去を巧く遡る」事なんだと思います。「忠実に過去を範とする事」を伝統的と解釈のひとつととして捉える事は間違いではない筈です。また、歴史も「過去の事実を忠実に遡る事」であるするのも間違いではないと思います。伝統を重んじて、「現在」を捉えると「現在」存在価値は、過去からの繋がりでしかないとも言えます。

国立博物館に展示された両菩薩を眼にして、1300年間の存在し続けたと言う事実が信じられない存在感を感じたのです。新しい、古い、伝統的、歴史的と言う時間列から派生した言葉は一切似合わない。現在、眼の前にある両菩薩の美しさが何よりも優先したのです。

この菩薩をつくった仏師は1300年前に生きていたひとです。
1300年後の世界を想う事はなかった筈です(現代に生きる私たちもほんの50年先でさえも想像の範疇の筈)。仏師は生きている「現在(いま/その時)」を想い、菩薩をつくった筈です。その「現在」が1300年間、単純に繋がっているだけの話かもしれません。
しばしば、想うのですが、奈良/飛鳥時代の仏教彫刻が求めた姿形は「どんな姿形だっただろう?」って。。。仏教上の菩薩は観念的な存在でしかないはずです。しかし、菩薩像は現実(リアル)のもので、多くの場合、何故か「ひと」の形をしているのです。写真もない時代です。菩薩とするその姿形は、絶対的で、且つ、完璧なくてならなかった事は想像出来ます。その目標とする美しさを仏師は求めることに努めた筈。そこには伝統も歴史もない。これから「つくる」べき最高の美しさを求めた様な気がするのです。だからこそ、時空を超え1300年後も、観る者に美しさを想わせるのかしれません。

着物の悦び
志村ふくみ 夕千鳥志村ふくみ 夕千鳥志村ふくみ 夕千鳥志村ふくみ 夕千鳥志村ふくみ 夕千鳥志村ふくみ 夕千鳥志村ふくみ 夕千鳥志村ふくみ 夕千鳥志村ふくみ 夕千鳥
志村ふくみ:草木染め紬織 夕千鳥

染織の世界にも、しばしば、「伝統」と言う事が使われます。
その言葉が用いられる時、この業界では、比較的「肯定的」な印象を想わせるかもしれません。
「伝統工芸品」「伝統工芸士」なる言葉は、染織の価値観を釣り上げてくれる効果が期待できます。
確かに、過去に存在した染織の中には、現在も尚、美しく、魅力的な印象をもたらすものもあります。着物/帯とした型をしていなくとも、50年も、100年も前に織られた裂地から感じる美しさも確実にあるかと思います。
しかし、それは古いが故に美しい訳でも、魅力的である訳もない筈です。その当時の職人の「英知」や「美意識」が成し得た仕事でしかない筈です。
誰の眼を意識したかは判りません。菩薩をつくるのとは話の次元が違うのです。
しかし、極めて単純に、「大切にすべきもの」をつくると言う目的意識がある以上、手を掛ける職人の意識は、決して、雑なものではなく、出来うる限りの「美しさ」を求めた筈です。
「古いものには良いものがある」と言う風説があります。それは、「古いもの」が必要条件はないのです。手を掛け、ひたすらに丁寧に、つくられたものには、それなりの「美しさ」が宿るのだと思います。
豊かな感性と極めて高い技術を保った職人が、手を掛けた仕事=染織には、圧倒的な存在感を感じる事があります。それが、古いものであるか? 現在のものであるか?と言う問題ではないのです。古い新しいは、視覚的な感覚=保存状態の問題でしかないと思います。

現在も尚、染織はつくられ続けています。単純に産業として続けられているものあるでしょうし、また、「美意識」や「英知」の結晶としてつくられる事もあります。いま、その様な「美意識」「英知」を保って染織に携わるとすると、先に挙げた「伝統」と言う用語と単純にリンクしないと感じる時が、私はあります。
確かに、過去を範として、染織と対峙する事は、誰にでもあることだと思います。しかし、どんなに感動的な印象を与えてくれた「過去」の染織を「範」としたところで、それを真似ているだけでは「真似事」でしかなく、そのひと本来の「英知」「美意識」が反映されている訳ではない筈です。「伝統」が悪いのではありません。ひとが自らに忠実であればあるほど、「英知」「美意識」なるものが先んじて、過去とは違った何かが生じるのだと思います。その時、それは既に「伝統」から外れてしまうのではないでしょうか?それは言い過ぎかもしれませんね。

現代の染織家の作品には、時代と言うか時間と言うか、新しい古いを感じさせない印象を与えてくれるものがあります。それらを「伝統云々」と評する事があるかもしれませんが、それは「それ以上の言葉」を見出せないだけのことで、また、何らかの型で多少「伝統」を踏襲しているだけのことで、その実、制作者の高い美意識がこめられているものだと思うのです。

2008/06/20update
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