品川恭子氏の染色作品/ジャワ更紗..、染め九寸名古屋帯

+jyawa.jpg品川恭子氏の染色作品のご紹介です。
"ジャワ更紗"と銘が付けられた紬地に染め描かれた帯地です。

"ジャワ更紗"とは、そもそも、ジャワ島でつくられたろうけつ染めの布...、日本にはないエキゾチックな雰囲気を保った染めの布です。

ただ、ここに染め描かれた"ジャワ更紗"..、眼にした瞬間に"ある感情"が掴まれるような想いに捉われるんです。不思議な..、道理では割り切れない"物語"みたいなものを想ってしまう...、まるで、この画の中に"物語"が籠められているかのようなんです。
"赤"と言う色からなのか..、それとも、この"画"の姿からなのか..、エキゾチックなんて言葉を超えて、私たちが知っている時間や空間とは隔絶されたようなひとつの世界観みたいなものを感じるんです。

「似せた」「真似た」「よくある」と言う感じが一切ない。

この"ジャワ更紗"は、たった"ひとつの色"だけで描かれています。
"色"だけをみていても、とても"感情的"な感じを憶えてしまう。
その"感じ"なんですが、ちょっとした"灼熱"みたいなものかもしれません。

灼熱の赤い物語...

何処で、何を眼にしたんでしょうか..、そして、どうしたら、こんな"画"が描かるんでしょうか?

そろそろ..、春の気分 || 季節の染帯

春の花籠春の草花を主題とした「花籠」の染め帯を誂えてみました。

彩色を控えながらも、やたらと存在感があります。

賑やかな彩色を施して、彩色のコントラストを高めると「見た眼」にあざやかっぽくて、分かりやすい印象となるのですが...、暫く眼にしていると"飽き"が来やすい傾向にあります。

彩色を控えて、友禅だけで「画」を染め描くのは、何より上手でなくては出来ない仕事。
花びらあたりに...、ちょっとだけ彩色を施し、色付け程度に刺繍を入れる。それで「画」としてまとめ上げている。"もの足らない"なんて感じはなくって、実に綺麗に整い揃えられています。

"存在感"があると言っても、何もあえて難しいことをしている訳ではありません。衒いや作為なく、綺麗な仕事、丁寧な仕事を、いとも単純に重ねているだけのことです。

「花籠」は友禅では珍しい図案ではありません。
何処にでもある図案であって、やはり、それなりに季節を表現しているかもしれません。

でも、この「花籠」はちょっと違うようなのです。
この「花籠」が伝える「季節の空気感」は、単純に高貴で、そして、麗しい...。

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この「花籠」ですが、およそ7-8年前にも誂えたんです。
以前の「画」は「秋の花籠」だったんですが、今回は「春の花籠」。
下絵は、その時と違う職人でしたが、染色を手掛けた職人は以前と同じ職人にお願いしました。
すると、ちゃんと憶えているんですね。
以前の「花籠」は、"あそこにはこんな加工"、そして"ここにはこんな加工"と...、どんな加工を施してたかを語っていたそうです。

自分が手掛けた仕事をちゃんと憶えていると言うのは、真摯な仕事をしているならば、至極当たり前かもしれませんが、やっぱり、単純に良いお話かと思いますね。

おそらくは..、"椿"と言う"一枚の絵"なのです。

福島輝子 椿"型絵染め"なるものは、描かれた絵を一枚の型紙に託し染め上げる染色手法。
型紙より染め描かれた"絵"には、文字通り"絵画"を想わせる空気感が伝わることがあります。


こちらにて掲載をさせて頂いた型絵染めには"椿"なる主題が付けられています。

制作者は"椿"を染め描いているのだと思います。
また、この型絵染めを眼にすると、誰もが"椿の花"と印象を重ねることと思います。

しかし、じっと眼にしていると...、この型絵に染め描かれた"椿"は、私たちの見知っている"椿の花"から離れて行き、現実とはまるでかけ離れた"印象"に誘って行くようなのです。
眼にしているのは、印象の中にあるのは、"椿"と名付けられた"絵"であって...、その"絵"の持つ圧倒的な存在感に心奪われるのです。
制作者の想い感じた"椿"の"姿""かたち""色"が、同時に染め描かれることで、こうした印象に浸ってしまうのかもしれません。

もはや、"絵画"としての存在感を思わせる作品です。

国画会染色家:福島輝子作品

辻ヶ花の羽織...、ちょっとない空気感です。

森健持 羽織辻が花/創作家.森健持氏が手掛けた絵羽織。

辻ヶ花は、そもそも、室町時代から桃山時代にかけて使われていた絞り染めの技法です。
その独特な絞り柔らかな加減と図案、そして彩色からは、古典的とか伝統的とかにはない、古(いにしえ)の空気感を憶えます。

なんとなく、礼装とは少し外れた感じのする羽織に思えるかも知れません。でも、遊心地に踊った感じもなく、むしろ、絞りにも関わらず品位みたいなものもしっかりあって余所行き感が色濃く感じられます。

絵羽織は、染め描かれる柄模様/図案の空間が、着物や帯よりも大きく、また、正面に柄模様/図案が配されるではなくて、後ろ姿を演出するものです。また、コートと違い屋内でも、あえて脱ぐ必要のない羽織は、趣味趣向、装いの格式、意識などが確実に伝わるものなのです。

辻ヶ花が施されたこの絵羽織...、彩色も控えめで、何かを強く表現すると言った印象はありません。彩色/図案も控えられながらも、辻ヶ花特有の香りを巧く伝えています。

貴き西陣織..、リヨンの花/勝山健史

勝山健史 リヨンの花勝山健史氏が制作した西陣織九寸名古屋帯。

ちょっとない存在感が感じられる織物です。
一見すると、古より受け継がれて来た古裂布のようでもあるのですが、古代とか現代などと言った時間の軸とは、全く違う時間がこの織物には流れているかのようです。

新しい"もの"を求めるのでもなく、古い"もの"に回帰する訳でもない...、西陣織の長い歴史におもねることなく、そして、現代的と言う表現にも迎合しない...、研鑽された美意識がつくりだした存在感が感じられるのです。

黒色と鈍さが残る引き箔の織物...、控えられた色印象でありながらも、なおも美しさが伝わってくるのです。

"リヨンの花"と銘が付けられた美しい織物です。
(塩蔵繭/織糸.使用)

西陣織の豊かな美しさ..

西陣織九寸名古屋帯眼にしていて...、とても素敵な帯地じゃないですか...。
品位もあるし、洗練された感性を感じさせる。

こうした印象は、西陣織の本来的な趣向じゃないかなと思います。

この帯地ですが、一般な西陣織と比べ出すと、もしかしたら少々地味かも知れない。
でも、黒い背景の中で、浮き上がるその姿は、綺麗...、と言う麗句が漏れてもおかしくはない程です。

何の型でしょうか? 
まるでモザイクのような模様が織り込まれています。

でも、この模様が何であるか..、何に見えるかは..、まるで制作者の謎かけのようであり、また、「何に見えても良いよ...、それは見るひとの気持ち次第です」と言っているかのようです。

それでも...、例え、その答えを教えられなくても、気分が悪くなることはない様な気がします。

地味かも知れないけれど、綺麗と感じられるのは、見た眼の綺麗さや美しさに惹かれているのではなくて、きっとこの帯地の姿の中に込められているものが琴線に触れたのだと思います。

まるで"ひと"に惹かれると言うことに似ていますね。

この西陣織に「綺麗」と感じるのは、洗練された感性とか品位と言った内面性みたいなものに対して感情が反応したからだと思います。

こうした西陣織に触れていると、"ただ綺麗なだけ"ではダメなんだなと思い知らされます。

ある花の染め描き方... || 森田麻里.型絵染め染織作品

森田麻里 型絵染め麻生地に染められた型絵染めの帯地。

染め描かれているのは、もちろん「花」...、ただ、"麻"と言う素材を考えると、この「花」は夏季を想い伝える花であって良いかもしれません。
着物としての帯地ならば、むしろ、時季を想い伝える花であるべきと言われてしまうかもしれませんね。

しかし、この「花」は...、いや作者的には時季についてはまるで考えていないようのです。

染め描かれた「花」をみてみると..、どんな花なのか特定が出来そうな形の花もあるようですが、茎や葉、または花びらには想いに任せたような彩色が施されています。

作者の「花」に対する印象そのものが染め描かれているようです。

花そのものに対して忠実である以上に、自身の花に対する印象力や想いに忠実に染め描かれているようです。

花から感じられる豊かさがテーマとなっているんですね。

貴き西陣織..、木瓜文/勝山健史

塩蔵繭/木瓜文 九寸名古屋帯勝山健史氏が制作した西陣織九寸名古屋帯。
"木瓜文"なる銘が付けられています。

一見すると有職文様の"鳥襷文"の様です。
でも、よく見ると"尾長鳥"がいない..、そして、"花菱"だけが織り描かれています。

見慣れた"木瓜紋"とは違う印象があるかもしれません。
でも、"木瓜紋"は、有職文様を元として、そもそも、"子孫繁栄"を願い"鳥の巣"を図案化されたものとのことです。

以前、勝山健史氏の手掛ける西陣織は、衒いがなく、平然とした感じがする..、とお伝えをしたと思います。

この作品もまた、やはり、平然とした感じがするのです。
白い..、花菱が図案化された文様が整然と織り描かれている。
有職文様を想わせながら、"新しい感性"が感じられるのです。
それも、まるで当たり前だよと言うかのように、その"新しい感性"がごく自然に宿っているのです。


ほぼ"白グレイ色"、一色で織られた西陣織。
もちろん、塩蔵繭から取られた勝山氏秘蔵の織糸が使われています。

麗しき手描き京友禅...、絽染帯"扇面に紫陽花"

紫陽花 染め帯扇面に紫陽花が染め描かれた手描き京友禅の染帯。

夏季が表現されている訳なんですが..、その季節感を想う以前に、この「京友禅」の秀逸さに息を呑んでしまうんです。

何かを真似て出来ると言う程度の仕事では決してありません。

琳派が意識されたその趣向は、琳派を写しているのではなくて、琳派そのものを想わせる程に優れています。

京友禅は、職人の分業で製作される訳なんですが、この染帯に携わった職人は、それぞれの仕事の分野で最も"うるさい仕事(精緻な仕事)"を手掛ける人たちなのです。

しかし、すべて手仕事ですから、その時によってコンディションに差が生じる事もあれば他の職人との調和が適っているかどうかも、最終的な出来に影響を及ぼすものです。

この染帯に施された仕事は、すべての仕事において秀逸なのです。

どこが綺麗..、どこが良い..、と言う事ではなくて、図案としても、色の感性としても、友禅の感覚としても、箔の加減としても...、手描き京友禅として調和が取れているのです。

数多の京友禅を観ていると、こうした極上とされる仕事が施されたお品に触れる機会があります。
何時でも「あるもの」でもあるかもしれませんが、必ずしも"そうでない"。
実は、同じ職人が手掛けても「何か」が違うと、綺麗で極上であるかもしれないけれども..、綺麗であり、そして、極上である言葉で表現される..、「それだけ」で留まってしまうものなのです。

やはり、手描き京友禅は、それぞれの仕事を専門の職人が手掛けることで誂えられるため、すべての仕事にデリケートな調和が整った時、言葉では尽くせない感動を伝えてくれるお品が生まれる様なのです。

この「扇面に紫陽花」の染帯です..、写真が画像では、お伝えできない程、実際のお品は本当に感動的です。

ついつい魅入ってしまいませんか?

更紗文様型摺り友禅染め小紋ちょっと不思議な小紋です。

更紗文様が染められた小紋です。
摺り友禅と言って、小紋型を染め重ねて彩色/柄模様を表現する古典的な染色手法が使われています。

彩色はほぼ単彩、柄模様は同じ更紗がひたすら繰り返されているだけです。

この小紋なんですが、眼にしていても不思議なくらいに"飽きない"のです。眼にしていても、自分でどこをみているか、ついつい忘れてしまいそうです。
どこを見ても同じなんですから..。
でも、飽きることなく見てしまうし、むしろ、感情が惹き込まれそうになりそうです。


この更紗の細かい部分と「"その"細かい部分」を部分としている更紗文様..、そして、その更紗が繰り返されること感じられる印象...、それらの印象がすべて同じか、もしくは同じに近いんですね。
具体的には近いけれども、感情の中では"等しい"印象となっているのだと思います。

もちろん、職人の手染めで染められているため、染められた彩色も文様も、"ひと"の痕跡が感じられます。良い意味で"味があって"、反対に言えば"曖昧"な感じがあります。
印刷やプリントでは絶対に伝えられない柔らかさな質感です。

この単彩にして、単調なる小紋が眼にしていても飽きないのは...、細部の文様と全体の文様、そして細部の彩色印象と全体の彩色印象..、これらが、それぞれ全く同じではないけれども、同じ感情を想わせる印象を伝えているからなのです。

よく似た彩色と同じ文様が繰り返される文様は、着物や帯の文様には少なくはありません。古典的な文様の中では、時折、見掛けることがあります。
こうした文様は、眼にしていても、実は気持ちが安定するのかも知れませんね。

ほぼ単彩、同じ更紗文様の繰り返しでありながら、細かな柄模様にまで、ついつい魅入ってしまう..、そんな不思議な小紋です。

もちろん、ご覧になってお気付きかもしれませんが、この更紗文様そのものも、どこかエキゾチックな雰囲気を持っていて"不思議さ"に一役買っているかもしれませんが..