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大胆なる文様と彩色は、西陣織においては、「趣味人の理解」の範疇となるのだと思います。
西陣織..、能装束としては「衣裳」として、帯地としては「装いの意識(礼を表すのか.趣向を表すのか)」として、育まれて、愛でられて来たのです。帯地としての西陣織を取り上げると、着物が無地印象であれば、帯の印象でその装いの意識が表現される筈です。有職文様の帯地であるなら礼装を意識したものとなり、コプト文様の帯であれば趣味趣向を意識したものとなるのです。
帯地は、着物に適わせるもので、装うその「ひと」そのもの「お顔映り」に適わせる訳ではありませんが、装うその「ひと」の意識や趣向を表してくれるものなのです。
こちらの掲載をさせて頂いた西陣織は、「牡丹」を図案化した文様が織り込まれています。彩色も特徴的で、みる者に特有の印象を伝えます。しかし、西陣織を愛でる者にとって、特別、斬新な文様でも、彩色でもないかもしれません。帯地が、着物を装うための道具として、礼装のための道具として捉えられれば、こうした文様や彩色の帯地は、珍しいとされるかもしれません。しかし、こうした文様、彩色の印象は、西陣織の「趣向」の世界では、あってしかるべき「印象」なのです。
こうした図案文様、彩色印象は、織物文化として、衣装文化として、とても懐の深さを想わせるものです。ただ、奇を衒っている訳ではない。彩色や図案の構成もバランスも至極当たり前のようになされている。眼にしていても、不自然さがないのです。むしろ、眼にしていても飽きることない..、この織物/帯から西陣織の豊かさや文化的な格調を感じることが出来るのです。そして、眼にしていると、触れていると、着物を装い楽しむことが湧き上がって来そうな予感さえも想わせるのです。 「華」のある帯地です。この帯ひとつで、西陣織の豊かさを伝えることが出来ます。
無地印象のお着物から、付下、江戸小紋など..、様々な席で楽しむことが出来る帯となると思います。
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