|
郡上紬は伝統的な染織を基礎とした紬織とは言い切れない性質を持っています。
土地に根ざし、受け継がれた染織手法に依って織られる紬織が、伝統的な紬織であるなら、郡上紬はそれに該当しないかもしれません。現在、織られている郡上紬は、宗広力三(故人)が再興させた草木染め手織紬です。今なお、郡上の土地にて、糸染めから始まり、何から何まで「ひと」の手仕事によってつくられています。 郡上紬は、宗広力三、そして、現在の制作者である宗広陽介氏の紬織に対する理想が実現されている紬織なのです。過去より、その土地に受け継がれた紬織ではなくて、個人の紬織に対する美意識や理念が昇華されたものなのです。 郡上紬は、どちらかと言うと、個性的な紬織かもしれません。「繊細さ」よりも「無骨な」印象を受けるかもしれません。都会的な印象より民芸的な空気を伝えていると思います。草木染めと言う言葉の響きよりも、その色印象は土の匂いを想わせます。しかし、これら郡上紬の印象は、敢えて選ばれた個性から生まれたものなのです。 上質の蚕からつくられる郡上紬だけのための糸があります。春繭(はるこ)から穫られる糸は、制作者(宗広力三/宗広陽介)が様々な試行の後に完成させた、郡上だけの糸と言うに値する糸なのです。繊細とは、真逆の糸かもしれません。太くて、粗野な感じの糸です。木綿とまで見間違うほどの糸。しかし、春繭は、繭を結びだして数日の間に糸とするのが理想とされます。それは、繊細で、デリケートな作業でもあります。郡上紬として、必要な「織糸」には、およそ印象が繋がらない作業かもしれません。そして、糸染め=染色は、すべて天然草木染めを条件としています。それも「どぼんこ染め」なる郡上紬だけが用いる染色手法です。もちろん、これも制作者が、様々な試行の末に至った染色手法です。染められた織糸は、特有の暈かし濃淡により郡上紬にしか見られない彩色となります。機織(はたおり)は、やはり、郡上紬特有の図案を基に織り上げられます。 どの作業工程、仕事も、試行を繰り返し至った作業なのです。それは、受け継がれた紬織にはない織の着物に対する美意識や理想を追いかけることで辿り着いた仕事でもあるのです。 郡上紬は、繭、草木をはじめとした原材料の時点でも、選りすぐられた素材だけを使います。そして、その仕事のひとつひとつは、他の紬織にはない手間の掛かる仕事を延々繰り返すのです。郡上紬は、手掛ける「ひと」の影や痕跡を垣間見れるかの様です。本場大島紬の様な高度な精巧性とは全く対局の位置にあるのかもしれません。しかし、「ひと」を感じること、即ち、感情や詠嘆のようなものを感じることが出来る紬織でもあるのです。
こちらに掲載をさせて頂いた郡上紬は、緯(よこ)方向に、まるで無作為の様に数々の色糸が打ち込まれ、それが紬織の景色として表現されています。もちろん、「無作為」につくられた「景色」ではありません。 先にお話をさえて頂いたように、絹の織物としては、繊細な印象は抑えられ、民芸的な空気を保っています。 郡上紬としては、色彩はともかく、この緯で織を表現する作品は、代表的な作風でもあります。つまり、郡上紬の美意識がしっかりと込められた作品でもあるのです。糸を染めるその時から、この「作品」の光景や空気感を想定されているのです。 見た眼には、繊細さや都会的な印象は抑えられているかもしれません。しかし、着物として袖を通された際の、織物としての表現力や彩色印象は、繊細とか都会的と言う言葉では尽くせない比類ない質感を絶対的に伝えてくれます。
織は優しく、柔らかく。彩色は、深く、色濃いのです。 かつて、郡上紬は白洲正子が愛好した紬織のひとつ。それは、単純に伝統美に阿ねたり、受け継いだだけではなくて、新たな紬織に対する美意識が結実した紬織であるからかもしれません。
|